早稲田大学出身有名人 > 第一文学部

渡部恒三(わたなべこうぞう)

早稲田大学・第一文学部卒業

渡部恒三(わたなべこうぞう)

項目詳細
職業衆議院議員(13期目)
出身地福島県南会津町出身
誕生日など1932年5月24日
血液型不明
卒業高校福島県立会津高等学校
結婚歴不明
備考福島県第4区

早稲田大学在学中は政治家を多数輩出している雄弁会に所属していました。2年先輩には政治評論家の三宅久之氏、同期には藤波孝生氏がいます。

福島県議会議員を経験した後に、第32回総選挙(1969年実施)に自民党から公認を得られなかったため、無所属として立候補(当選後に追加公認)し、その時のキャッチフレーズは「会津のケネディ」。

それからは連続当選13回で、この当選回数を誇るのは民主党内ては羽田孜元総理大臣、小沢一郎氏らと並ぶものです。

これはYouTubeの動画です。
民主党・渡部恒三最高顧問が街頭演説する様子を捉えた動画です。


保守本流の流れで政界を歩み、竹下派時代は竹下派七奉行(奥田敬和・渡部恒三・羽田孜・橋本龍太郎・梶山静六・小渕恵三・小沢一郎)と呼ばれておりました。

現在は長老であり大御所であることから党内などの調整役に徹し、サイドから小沢民主党を支える。

そのため「黄門様」と呼ばれています。

会津訛りから繰り出す独特の喋り方が特徴で、第21回参議院議員通常選挙では「負けたら小沢一郎とともに辞める」と宣言して、大勝を収めました。

平松庚三(ひらまつこうぞう)

早稲田大学・文学部中退

平松庚三(ひらまつこうぞう)

項目詳細
職業小僧com会長
出身地北海道出身
誕生日など1946年1月6日
血液型不明
卒業高校不明
結婚歴有り。媒酌人は渡邉恒雄氏
備考元ライブドアホールディングス(現LDH)社長

早稲田大学文学部を中退してアメリカに渡り、アメリカン大学コミュニケーション学部ジャーナリズム学科卒業することとなります。

この時に読売新聞ワシントン支局でアルバイトをしており、その関係で読売新聞社の渡邉恒雄氏と知り合うことになり、後に渡邉恒雄氏が結婚式の時の媒酌人をつとめています。

これはYouTubeの動画で浅尾慶一郎氏と平松庚三氏との対談です。


アメリカン大学を卒業後はソニーに就職します。
そしてソニーから出資を受け、会計ソフトの弥生を制作する会社を立ち上げます。

初期の頃は順調にいっておりましたが、折からのネットバブル崩壊と安売りソフトで有名なソースネクスト(SOURCENEXT)社などの台頭により、厳しい経営環境を強いられる事となります。

2004年12月に堀江貴文氏率いるライブドアに、弥生株式会社の全株を譲渡する形でグループ入りします。

堀江貴文氏逮捕を受けて、イメージ重視の会社戦略からライブドア代表取締役社長(2006年6月14日)に就任しライブドアホールディングスへと移行させましたが、結局は会社の幕引きをしただけの格好となりました。

ナベツネこと渡邉恒雄氏は終始ホリエモンこと堀江貴文氏のことを良くは言わなかったが、結婚式の仲人・媒酌人を務めた平松庚三氏のことについては、苦しいながらも擁護し続けました。

田原総一朗(たはらそういちろう)

早稲田大学・第一文学部

田原総一朗(たはらそういちろう)

項目詳細
職業キャスター・ジャーナリスト
出身地滋賀県彦根市出身
誕生日など1934年4月15日
血液型不倫
卒業高校滋賀県立彦根東高等学校
結婚歴ダブル不倫の末に結婚/私たちの愛より
備考入れ歯であることを告白

早稲田大学の第一文学部卒業に間違いはないのですが、最初は第二文学部(夜間)に入学したあと中退して、再度第一文学部に入学し直して、卒業しました。

東京12チャンネル(現:テレビ東京)開局(1964年)と同時に入社してドキュメンタリー番組などを中心にテレビプロデューサーをしておりました。

当時のドキュメンタリー番組の代表格と言えば『日本の素顔(NHK)』『ノンフィクション劇場(日本テレビ系列)』などが一般的でしたが、確信犯的にやらせ的な演出を行い、その全貌を“やらせとして隠す”のではなく、全てをさらけ出すという手法で新境地を開拓したことで知られています。

これはYouTubeの動画です。
安倍晋三政権について語ったものです。


テレビ東京退社後には田中角栄への単独インタビューで、その名前を知られることとなります。

最近では「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」などが代表的な番組となっております。

両番組とも司会者という位置づけではなく、自分の意見を言うためにパネラーの人たちを利用し、やらせ的な演出によって番組を盛り上げるという手法は、テレビ東京在職時に用いた手法そのものなのです。

しかし「朝まで生テレビ!」にしても「サンデープロジェクト」にしても比較的視聴者レベルが高く、論客なども多いことから、最近では田原総一朗さんの、そういった手法に対して批判をする人も多い。

討論番組であるのに討論するのではなく、田原総一朗さんの意見の最終的ゴールに向かって行くという点を言ってるわけですが、視聴率だけは両番組とも高い。

「サンデープロジェクト」などでは政治家本人がその政治方針の本音部分を語ることも多く、その政治家の発言によって翌日からの株式市場の相場が動くといった場面も多いため視聴者も「見ておかねばならない番組」として注視しているようです。

中井貴恵(なかいきえ)

早稲田大学・第一文学部卒業

中井貴恵(なかいきえ)

項目詳細
職業女優
出身地東京都大田区
誕生日など1957年11月27日
血液型O型
卒業高校不明
結婚歴1987年に結婚/2女の母
備考本名は中沢貴恵子

早稲田大学在学中の映画『女王蜂(1977年/市川崑監督)』でデビューしましたが、演技が高く評価され、数々の新人賞を受賞しました。

木下惠介監督の『不死鳥』で大ブレークした故佐田啓二氏(交通事故で死亡)の長女。
中井貴一さんは弟という、俳優一家でもあります。

1982年に公開された「あゝ野麦峠 新緑篇」などにも出演し、これ以降名前が「貴惠」(以前は貴惠)となったようです。

翌年公開の映画『人生劇場』にて素晴らしいヌードを披露しました。

大らかで、開けっぴろげの性格で姉御肌。
弟の中井貴一さんとは、一度だけ共演したことがありましたが、同一シーンはありませんでした。

1984年に日本テレビ系列で放映された「25才たち 危うい予感」で共演した桜田淳子さんとは今でも交流はあるようで、桜田淳子さんが数年前に出された著作「アイスルジュンバン」の中でも頻繁に、中井貴恵さんの名前が登場します。


これは1986年に中井貴恵さんが出演された住友生命のCM・YouTubeの動画となります。
 

1996年から「大人と子供のための読みきかせの会(絵本の朗読を行っています)」などの関係で「はだかのおおさま」や「大きな木のおくりもの」など沢山の絵本の翻訳を手がけていま。

「大人と子供のための読みきかせの会」では本名にて活動していることから、プライベートのものと割り切っているものと思われます。

夫の仕事の関係でアメリカや札幌などを転々としていたことがあります。

八木亜希子(やぎあきこ)

早稲田大学・第一文学部

八木亜希子(やぎあきこ)

項目詳細
職業フリーアナウンサー
出身地静岡県浜松市北区
誕生日など1965年6月24日
血液型不明
卒業高校横浜雙葉高等学校
結婚歴大学時代の同級生の会社員と結婚(2002年10月)
備考高校の後輩に渡辺真理(フリーアナウンサー)

フジテレビ同期入社に有賀さつき(離婚後テレビに復帰)河野景子(貴乃花親方夫人)らがいますが、「花の三人娘」と呼ばれて、女子アナブームの到来のキッカケを作り、ドラマ出演やCDデビューを果たす。

この同期組とは現在でも時折会ったりしているとのことです。

八木亜希子さんは、上品な喋りと温厚でおっとりした口調が特徴的ですが、時に上から目線的な説教じみたことをすることもございます。

女子アナ好きで知られる、ウッチャンナンチャンの内村光良との交際が写真誌によって発覚(1991年)しましたが、その後すぐに破局。

明石家さんまからテレビで何度も告白されたこともありました。

TBS系バラエティー番組「明石家さんちゃんねる」(水曜後9・0)にも不定期ではありますが、出演中。

2002年10月に結婚後はアメリカを転々としニューヨーク州やカリフォルニア州サンノゼに在住していましたが、現在は帰国して神奈川県在住です。

父親が大の阪神ファンで、日本テレビも受験した折りに野球の話になり、そのことを口にしてしまい落ちてしまう。

俳優の宮川一朗太とは早稲田大学時代の同学部・同級生です。

フジテレビ在籍中の代表的な番組としては、めざましテレビ・FNNスーパータイム・プロ野球ニュースなどがございます。


「とんねるずのみなさんのおかげでした」の女子アナ大会での八木亜希子さんでYouTubeの動画になります。
どうぞ当時を懐かしんでみて下さい。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。