早稲田大学出身有名人 > 第一商学部

村上春樹(むらかみはるき)

早稲田大・学第一文学部

村上春樹(むらかみはるき)

項目詳細
職業作家
出身地京都府京都市
誕生日など1949年1月12日
血液型不明
卒業高校兵庫県立神戸高等学校卒業
結婚歴妻の村上陽子さんとは学生結婚
備考早稲田大学には7年在学

『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』などで知られる村上春樹さんは、早稲田大学在学中は、ほとんど学校には行かず、アルバイトとジャズ喫茶に入り浸る毎日でした。

学生時代に高橋陽子さん(旧姓)と結婚し、二人でジャズ喫茶を開店させました。

卒業後もこのジャズ喫茶の経営は続けていたのですが、暇な時間に小説を書いてみようということになり、『群像』に応募したところ新人賞を受賞しました。

これはYouTubeの動画です。
これは2006年にノーベル賞のステップと言われているカフカ章を受賞した時の、英語でのご挨拶となります。

あまり記者会見などしませんので、貴重な動画映像となっております。

平易で親しみやすい文体が特徴ですが、ストーリー自体は複雑になっている場合が多いですが、やはりそれがベストセラーとなる条件ではないかと思います。

海外でも人気があり、現在130ヶ国で翻訳されています。

英語は堪能ですが、その源となったのは、やはりジャズからビートルズを始めとするロックなどを聴きまくっていたのに端を発すると言われています。

村上龍氏と並んで「W村上」と称せられていますが、村上春樹氏は大のマスコミ嫌いで知られておりますが、もし本格的にノーベル賞受賞ということになれば、久しぶりに村上春樹氏をテレビを通じて見られることとなります。

田中眞紀子(たなかまきこ)

早稲田大学・第一商学部卒業

田中眞紀子(たなかまきこ)

項目詳細
職業衆議院議員(5期目)
出身地東京都目白区
誕生日など1944年1月14日
血液型AB型
卒業高校日本女子大学附属高等学校卒業
結婚歴夫は現参議院議員の田中直紀氏
備考父は第64代・第65代内閣総理大臣の田中角栄氏

早稲田大学卒業後は、劇団員として女優を目指すが、父田中角栄氏の大反対にあいました。

母ハナが病弱であったことから田中角栄氏が総理在任中はファーストレディー兼通訳として各国を歴訪する。

そのため日中国交回復という偉業を成し遂げた田中角栄氏と共に中国へ行っていることから現在でも中国の要人たちに幅広い人脈を持っております。

演説自体は父田中角栄氏譲りの面白い会話なのですが、
「亀井うるさい静香」(亀井静香氏のこと)
「「『もなか』だか『おなか』だか」(野中広務氏のこと)
「かんぞうだか、しんぞうだか」(安倍晋三氏のこと)
などなど人の一番大切である名前部分を文字って笑いを取ろうとする、お笑いにおける禁じ手(というよりは、お笑い分野では、怒りの感情を起こさせずに笑いにするギリギリの状態はプロ中のプロでないと表現できないとされています)をたまに使うため、嫌悪感をもよおす人も多い。

ただその一方で
「人間には、敵か、家族か、使用人の3種類しかいない」
「凡人」「軍人」「変人」
など、なるほどと唸らせるような文言も多い。

これはYouTubeの動画です。
父親同士の戦いであった“角福戦争”因縁の代理戦争と言われた国会答弁です。


第1次小泉内閣の外相に就任(2001年4月26日)し、「外務省は伏魔殿」などと言って改革に積極的でしたが「(改革をしろと言ってる小泉氏本人が)スカートの裾を踏んづけている」と事実上の批判から、首相との関係が悪化。

9.11のアメリカ同時多発テロ事件の直後、ライス国務長官から機密情報であるアメリカ国務省職員の避難先を安易にマスコミの前で喋ってしまったことで、2002年1月29日に外務大臣の座を更迭されてしまいます。

秘書給与横領事件で自民党から党員を停止されました。
議員辞職の後に復活当選。
現在は民主党会派(民主党・無所属クラブ)として活動しています。

早稲田大学在学中は久米宏氏と同期でした。

夫の現自民党参議院議員の田中直紀氏の応援演説にも出かけていくのですが、あまりの喋りすぎに田中直紀氏から「僕はまだ自民党員なのだから、発言には気をつけるように」と諭される部分もあります。

竹下登(たけしたのぼる)

早稲田大学・第一商学部

竹下登(たけしたのぼる)

項目詳細
職業政治家
出身地島根県出雲市
誕生日など1924年2月26日-2000年6月19日
血液型不明
卒業高校早稲田大学第一高等学院
結婚歴妻は自殺、その後佐藤寛子(佐藤栄作氏の妻)の紹介にて再婚
備考孫はDAIGO☆STARDUST(ダイゴスターダスト)

34歳の時に島根全県区から第28回衆議院議員総選挙に立候補し、初当選を果たす。
それ以来衆議院議員を14期務めあげました。

佐藤派、田中派と渡り歩きましたが、1987年7月に「経世会」(竹下派)を立ち上げ、事実上田中派を分裂に追い込む。

当時竹下登氏に着いていったのが、現民主党党首の小沢一郎氏・歴代内閣総理大臣を務めた橋本龍太郎、小渕恵三、羽田孜などの大物議員が従いました。

竹下氏は平成初の内閣総理大臣で第74代の内閣総理大臣となります。
リクルート事件により総辞職を余儀なくさせられます。

総理大臣退任後も縁戚関係にある金丸信らと院政を振るうが、佐川急便事件・金屏風事件・ほめ殺しで知られる皇民党事件などと次々と事件が発覚。

それとともに政界での力が弱まってまいりました。

しかし竹下氏がこれらの打開策として小渕恵三氏を無理矢理派閥の長にして派閥を丸くおさめようと画策しましたが、小沢、羽田らが新派閥・改革フォーラム21を結成したことで事実上竹下派は分裂することとなりました。

ちなみにDAIGO☆STARDUST(ダイゴスターダスト/竹下登氏の孫)によりますと、この小渕恵三氏から15歳の頃に5万円のお年玉をもらったそうです。

2000年(平成12年)6月19日に呼吸不全のため76歳で死去しましたが、同じ島根県選出で竹下氏の元秘書であった参議院議員・青木幹雄氏が実力者として頭角を現すことになります。

田中角栄氏に続いて「選挙の神様」との異名をとりますが、そのままその手法を受け継いだのは縁戚関係にも当たる現民主党党首である小沢一郎氏です。

とりあえず「選挙の神様」という称号は小沢一郎氏が最後の称号となると思われます。


これは創世会を田中派閥内に作った時のYouTubeの動画ニュース映像です。
またあの田中角栄氏も登場します。
あの名演説が聴くことができます。
懐かしいと同時に非常に貴重なものですね。

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